事業報告

部会長対談

コンテンツメーカーへの脱却。業態変革とは何か

印刷業界は90年代に出荷額のピークを迎え、その後は不況やメディアの多様化、少子化・高齢化による需要低迷で減少の一途(いっと)をたどっている。今後は受注型体質の印刷業は淘汰され、コンテンツメーカーとしての変革が求められる 社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)の会長や日本プリンティングアカデミー理事長をはじめ数々の要職を歴任する浅野健先輩と日本青年会議所メディア印刷部会久保井伸輔部会長に、激変する業界の現状と今後、さらには各種団体のあり方などについて率直な意見を語ってもらった。(ラベル新聞社取材)

 

出席者(敬称略)
浅野健
(1948年産まれ60歳)
株式会社金羊社 代表取締役
前全日本印刷工業組合連合会会長
社団法人日本青年会議所 印刷部会 第25代部会長
社団法人東京青年会議所 第19代専務理事
久保井伸輔
(1972年産まれ36歳)
久保井インキ株式会社 専務取締役
日本青年会議所メディア印刷部会 第47代部会長

 

 

◇メディア印刷業界の現状の課題は何か?

久保井先日、同様のテーマで、全青協の臼田真人議長と緑友会の作道孝行次期会長とSPACE−21の安藤宏代表幹事と対談した。全員が異口同音に「業界は受注型体質になってしまった」と現状を嘆いた。業界体質の問題なのか、市場構造の問題なのかわからないが受注一辺倒になっている。

もう一つ、市場は90年代に9兆円近い出荷額でピークを迎えたが、いまは7兆円を下回っている。にもかかわらず、印刷会社の数や機械の設置台数が多すぎるのではないか。構造不況の様相を呈している。

各社の特徴が消えている。何かに特化した会社は強い。しかし、大半の印刷会社は、装置産業としての印刷業に走っている。そうなると、どの会社も同じに見える。企業規模が大きいところが勝っている状況だ。

浅野出荷額だが、91年に8兆9000億円を記録した後、なだらかに降下して、97年にほぼ同額に復活した。それ以降は減少の一途をたどっている。

出荷額は各社の売り上げ集計だから、単価に相関する。印刷物の出荷量の統計はないが、紙やインキ出荷量の推移をみると、実は出荷額と違い、下がってはいなかった。下がり始めたのは、紙の値上げとリーマン・ショックが発生した昨年からだ。

これまでは雑誌が売れなくてもフリーペーパーが台頭していたし、多色化でインキも出荷量を減らすことはなかった。つまり、額は落ち込んでも量はさほど下がることはなかった。ところが、ここにきて量が落ち込んでいる。恐らく良かったころの水準まで復活することはないだろう。 
企業数や機械台数の件だが、すでに自然淘汰が始まっている。
我々はいままでのビジネスモデルは崩壊しているということを認識する必要がある。「いつかまたいい日も来る」と思いたいが、まずそれはないだろう。

市場環境が悪化したもう一つの原因は、デジタル化だ。専門性が薄れ、印刷がコモディティー化してしまった。
20世紀は看板を掲げていれば印刷会社だと思われていた。印刷物は印刷会社が供給するものだった。21世紀になると発注者による内製化がはじまった。

そこで、何のための印刷なのかが問われ始めた。それまで業界は、顧客がなぜ印刷物を必要としていたかについて、無関心だった。次の受注を得ることしか頭になかったからだ。
顧客は印刷物を発注したいのでなく、消費者とのコミュニケーション手段を得たいだけなんだ。

デジタル化によって、どんなデバイスでもプロセスが同じになってしまった。我々は、デジタル化についてもっと真剣に取り組むべきだった。印刷のデジタル化は方向を間違えてしまい、プリプレスのデジタル化に終始してしまった。
アナログからデジタルに移行するプロセスでは、いち早くデジタルに取り組む企業が先進的と考えがちだ。

久保井私の感覚でも先を行く企業とはフロントエンドが強いとか、最先端のシステムを導入しているといった勝手なイメージがある。

浅野DTPからデジタル印刷に業界の興味が移る中で、先進的な企業について再定義する必要がある。それは設備を捨て去った企業かも知れないし、デジタル印刷に傾注する企業かも知れない。マーケティングに注力する企業とも考えられる。一度、議論すべきだと思う。

◇印刷メディアは今後、どう変わるべきか

浅野私が組合で話してきた業態変革とは「まっとうな印刷会社になろう」が前提だった。
パウダーで真っ白、オイルで真っ黒な印刷現場、必要なものと不要なものが混在している事務所…これはまっとうではない。
印刷現場では温湿度管理、数値管理、それに安心安全をものづくりにどのように反映するかということを考えるべきだ。上流志向、マーケティングという前に、まず決められた約束を守るのがまっとうな会社。
地に足を着けてから、顧客のために何ができるか考えた方がいい。

ワンストップなどに目が向くあまり、本来、持っている自分たちのコアコンピタンスがおろそかになっているのではないか。足元がふらふらなのに、うわべだけ変えても意味がない。自信がなければ、顧客に失礼だから製造から手を引くべきだと思う。

いままでのビジネスモデルは崩壊したけれど、我々は印刷物を供給するプロとしての役割を期待される。
そんな時に、数値管理も温湿度管理もやっていない、濃度計もないというのでは、プロとは言えない。環境変化に目を奪われるのではなく、本質的にプロとして守らなければいけないことを直視する勇気を持つべきだ。

久保井先日の4者対談では、業態変革とかワンストップで共通した意見が出た。間違いないと思っていたのだが…。

浅野(業態変革もワンストップも)決して間違いではない。ただ、それだけではない、それ以外にも考えなければいけないことがあるということだ。
デジタル化の黎明(れいめい)期、今後の印刷業界をテーマにJAGATでディスカッションしたことがある。
「もっとデジタル化しなければ」とか「マーケティングに注力しなければ」といった議論に終始した。でも、振り返って気付いたのだが、自分たちが想定していたところからは一つも利益が生まれていなかったんだ。利益というものは、もっと泥臭いところで確保していた。「現場に真実あり」で、その現場が危うければ利益確保はできないことがわかった。

なぜ91年に8兆9000億円という出荷額に達したのか。その10年前は4兆円産業だったのに。
それは印刷会社が頑張ったわけでなく、社会構造的に情報発信量が飛躍的に増えたからだ。さらにカラー化が進み、モノクロが珍しいくらいになった。では、なぜ7兆円程度まで落ち込んだのか。
全国一斉ディスカウントセールをしているからだ。
デジタルという技術進化が何をもたらしたのだろうか。

例えば、アナログ時代はプリプレスの現場に女性はいなかった。フィルムを現像する暗室があったから。男と女が一緒に暗室なんかにいたら、危なくて仕方なかった(笑)。だから過去は、女性の進出が阻害されていた。
もう一つ、デジタル化で平準化、標準化が進んだ。どんな会社でも80点の品質が得られるようになった。企業のセールスポイントが失われ、価格勝負になった。

でも、それは必然だ。特徴がない日用製品は、安い方を買うに決まっている。
我々はデジタル化の方向性を間違えた。顧客の存在を考慮に入れるのを怠った。
顧客の役に立つのが、仕事をする人々の目標のはず。しかし、その考えが欠落していた。自社の売り上げと利益の確保がまず先にきた。

久保井そういう考えの会社はとても多い。

浅野でも当社の売り上げを上げるために印刷物を発注してくれるお客さんなんて、世界中を探してもいない。自分の評価や会社の稼働率を上げるための営業を一生懸命やってきたが、そんなことに付き合ってくれるお客さんはいなかった。
以前、商印の新規開発チームを組織して、ある程度の売り上げを立てた。でも、現在残っているお客さんは1社もない。

顧客の役に立つという哲学が欠如していた。社会を構成している主役は消費者だと常に思うべきだ。印刷業のために社会があるなんて決して思わないこと。
いま、各社が新しいことを手がけようとしている。着手するにあたっての判断基準をどう設けるか。
まずは「安定性と成長性が両立できるもの」。安定性とは、環境が変わってもなくならないもの。成長性とは量ではなく種類。つまり多様化すること。

次に「ニッチ性」。中小企業にとっては不可欠。(市場のすき間に存在する)ローカルブランドであること。
そして「高い参入障壁」。壁が低ければ、すぐに追従されてしまう。
最後に「従来のノウハウとの組み合わせ」。培ってきたものを無駄にしないためにも必要だ。それと、これからの時代のキーワードは「安心」「安全」「環境」になる。これらが結びついた市場に3年以内に足がかりをつくれるかどうかが勝負になる。

自社の経営資源で無理なら、アライアンスパートナーを見つければいい。先方からラブコールを送ってくれたら言うことなしだ。まずはノウフー(誰を知っているか)。そうやって自社にあった条件を設定していくべきだ。
我々の仕事は、人類に貢献してきた誇り高い仕事。コミュニケーションをお手伝いしてきたのだから。コミュニケーションは、どんなに環境が変わってもなくならない。その手段は多様化している。
印刷は安定と成長が両立する市場だと思う。自分たちが培ってきたことの本質について考えてみる。抽象的なことに惑わずに自信を持った方がいい。

当社の近辺には自動車部品、電子、電機、工作機械のメーカーがたくさんある。いずれも中小企業だ。いまは、売り上げが8割減というのが普通。
そこの経営者に「印刷業界では業態変革なんていう話が出ている」なんて話すと、「浅野さん、印刷業界は甘いんだね」なんて返されてしまう。競争相手が国内だけでなく海外だったりするから、業態変革とか悠長なことは言っていられない。
そう考えると、我々は恵まれている。決して被害者意識を持ってはいけない。

◇各団体はどのように取り組むべきか

久保井浅野さんは第25代の日本JCの印刷部会長をお務めになった。同時期に東京JCの専務理事も兼務されている。非常にご苦労もされたろうし、大変だったのでは。

浅野大変なことは、まとめてやった方がいい。
一時は東印工組の理事長を引き受け、全印工連の会長、日印産連の副会長、ハイデルフォーラムの会長を同時に務めたうえに、地元の法人会の会長も兼務していた。
その間、御殿場の工場を建て替えて、3カ年計画をスタートした。さらに本社も新築した。
そして現在は日本プリンティングアカデミーの理事長とJAGATの会長職に就いている。ほかにも付属している役職はいくつもある。

久保井巨大プロジェクトと同時に、それだけの要職を兼務していらしたとは。

浅野集中力があればやり遂げることができる。組合以外の団体では、組合とは違う議論ができる。法人会で異業種交流することで、印刷業界に対する客観的な声が聞ける。これらのメリットは大きい。
多くを兼務する分、大勢の人に注目されるから、背筋が伸びる。人前でものを言う立場になると、言った手前、自分がきちんとしなければいけない。退路を断つということにもなる。

日印産連傘下の印刷団体が多すぎるという指摘もあるが、公益法人と工業組合といった組織形態の違いもある。法制面の障壁もあって簡単には一緒になれない。
各団体も地域では新年会や勉強会を共同で実施している。団体同士が統合するというより、現場で一緒になる方が大事だ。

久保井「PRINT NEXT 2010」の準備を行っているが、団体の垣根がないということが身にしみてわかった。以前は4団体で現在は5団体だが、もはや団体の数にとらわれることなく、PRINT ALLで良いのではないだろうかと思う。
メディア印刷が根本にあり、業界の仲間で懸命に活動してシナジーを発揮しようということで動いている。
それぞれの団体で理念が異なるのは当たり前だが、それでも言葉は違えども、理念の意図するものが共通している点は少なくない。

浅野日本JC発足から60年。発足当時は戦後の混乱期で、シベリアに抑留されていた人もいた時代。大人たちがパージされて、突然、「君たちに任せる」と告げられて。何とかしなければいけない、という強い思いで組織をスタートした。
いまよりも組織を立ち上げたときの方が、大変な思いをしてきたに違いない。経営資源も貧弱だし。創立時の純粋な気持ちを取り戻せれば、業界団体のあり方もおのずとみえてくるのではないか。

◇今後の業界青年団体のあり方は

久保井「PRINT NEXT 2010」が来年2月に都内の椿山荘で開かれます。ぜひとも会場に足をお運びください。「PAGE 2010」の会期に合わせたこともあり、初日は多くの団体がイベントを開催する。可能な限り全国の若手業界人にお越しいただきたい。

浅野会場には伺います。JCの皆さんの若さを思い知ったできごとがある。「印刷」から「メディア印刷」に部会の名称を変更したことだ。さすがだなと思った。国がメディアコンテンツ課に主管を移したのだから、変更してしかるべきなんだ。
いまは「印刷」と書いて「メディア」とルビをふれ、という時代。次を担う世代の方たちが団体の垣根を越えて一つのイベントを行うというのはとてもうれしい。

印刷業界はきちんとした世代交代が進んでいると安心したよ。若手がどんどん現場を変えてくれている。
会社も変わらなければいけない。会社とは、そこで働く人が自分の意思で選んだ、自分と家族を豊かにする道具だと思う。

道具は手入れをしなければいけない。手入れとは、変化させること、環境を変えることだ。変えないことが一番楽だけれど、周囲の環境は急速に変化している。
中には変えてほしくないと思う人も出てくるだろう。それなら相談するしかない。これが「計画」だ。当社の3カ年計画も、3年たってようやく全員が関心を持ってくれるようになった。

久保井私もいろいろな方のお話を聞いて、変わらなければいけないと感じる。環境の変化でなく自らの意志で変わらなければいけない。会社の朝礼の際に「変わるために、あなたは何をしなければいけないのか?」といつも同じことを話しているが、それは同時に自問していると言える。
JCでは「変革の能動者」という言葉がよく使われるが、自分は部会長として変革の能動者でありたい。
今年できることとして、手が届く範囲で目標を立てた。一つは活性化。単に活性化というだけだと(漠然としていて)何もしない宣言になるから、拡大をテーマにおいた。

ここ数年の部会の活動は、お世辞にも活発とはいえなかった。一貫したテーマもなく、漠然と企画されたセミナーと懇親会。
私が部会長の職を引き受ける際に、好きなことをやらせてほしいと条件を出した。そして取り組んでいるのだが、これまで目指してきた人員の拡大は順調に進んでいる。

浅野業態変革とは、結局は自己変革。ビジネスモデルは耐用年数があるのだから、それまでに変える必要性がある。
変えれば成功するという保証はない。だから変えることにはリスクが伴う。変えるということは投資するということ、投資しなければリターンは得られない。当然、リスクを圧縮するという努力は必要になるけれど。

久保井何もしなければ、それなりに過ごすことはできる。しかし、変えるリスクを恐れると、いずれは変えないリスクが上回ってしまう。従業員に対しては「これまでのような生活は保障できなくなるかもしれない」と変えないリスクの弊害を話している。

当社の例一つとっても、10年前と比べ大きく変化した。生産品目が変わったし、顧客も変わった。必要なマネジメントシステムを取得した。目標を達成するうえで、従来の建屋ではどうしようもなくなったから、新社屋に移転し、新たに出先機関を開設した。これらは変革の形跡になるだろう。

いまのJC印刷部会に足りないのは、チャレンジ精神。来年は部会で何か事業を主催したいと考えている。単に例会を重ねるだけなら、組織は変わらない。PRINT NEXTは2月で終わってしまう。別の事業を企画したい。
変革と言えるかはわからないが、私の考えにメンバー全員が賛同してくれれば、結果的に失敗しても変革の一つと呼べるかも知れない。失敗から学ぶことは、成功から学ぶより大きいのではなかろうか。

◇熟年経営者と若手経営者からの業界へのメッセージ

久保井皆さんに勝ち残っていただきたい。浅野さんは、印刷業界の世代交代はスムーズに進んでいるとおっしゃったが、中にはそうとは言えないケースもある。新陳代謝が進まずに、20年前と同じ人がキーパーソンという印刷分野もあるのは確か。

自分たちの力で業界を支えていかないと。特定のマンパワーやメーカーに頼り過ぎてはいけない。その人たちがそっぽを向いたら業界は危機的状況に陥ってしまう。
それと経営における感性の重要性をしっかりと認識して欲しい。時代は加速度的に流れている。昨年と同じ事をしては勝ち残れない。これを肌で感じて危機感を持って経営にあたって欲しい。

メディア印刷業界は内需中心で、現状では恵まれた産業かもしれない。しかし、今後もこの状況が続くとは言い切れない。例えば、シール・ラベル業界におけるCCLやエイブリィ・デニソンの市場参入などは、内需における外需との競争であり、今後の潮流を示しているのかも知れない。過去の成功例につかまらないで、どんどん変革を起こして欲しい。

浅野まずは印刷の歴史を正しく認識したうえで将来を語るべきだ。少なくとも、印刷の歴史を家族に語れるくらいのレベルになろうよということ。アルファベットの起源とか、文字の歴史とか、とても面白いんだよ。
「印刷は文化の母だ」なんて言う人がいて、若いころはそれを聞くたびに「インキと汗のにおいしかしない」と腹を立てていたんだけれどね。いまになって、本当だってことがわかった。シルクロードならぬペーパーロードというのがあって、紙がどの時期に、どの地域に伝来したのかがわかる。それを理解すれば、15世紀になってようやくヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を発明したというのも納得できる。

中国は何を始めるのも一番早い。それを工業化するのがドイツやフランス。さらに産業として昇華させたのが英国だ。日本でも、果たして本木昌造(日本の活字の父)がいなかったら、明治維新は成功しただろうかとか考えてしまう。
この世界で仕事をするなら、歴史を知っていた方が楽しいに決まっている。自分の仕事に誇りを持つことにもつながる。確かに現場では文化の香りはしないかも知れない。でも自分の心の中にある文化の香りは絶やしてはいけないんだ。

もうひとつのメッセージは、女性を増やす努力をすること。
印刷産業に従事している女性の比率は25%程度。あまりにも少なすぎる。せめて5割にしたいね。
本当は、男性より女性の方が強い。特にいまの時代はそれが顕著。だから女性から見て魅力がない産業は、滅びると思う。

デジタルという技術進化が続くと、印刷で一つの産業体を形成する必要はなくなる。コンテンツメーカーが印刷のデバイスを持っていればいいという話になる。
でも、私は産業体という一つの塊であるべきだと思う。女性の視点でより魅力ある産業体にすべきだ。くだらない理屈をこねる男がいなくなれば、自然に女性が入ってくるだろう。 

コミュニケーションはなくならないし、多様化している。そこからしても、印刷とは魅力的なものだと思う。なんと言っても近代文明の母なのだから。こうした点をきちんと認識して、女性に門戸を開放した方が良いと思う。